夕べのカレー

小説です  




人の死について考えました。


気になった言葉がたくさんあったので備忘録として残したいと思いました。




「自分には、この人間関係しかないとか、この場所しかないとか、この仕事しかないとかそう思い込んでしまったら、たとえ、ひどい目にあわされても、そこから逃げるという発想を持てない。呪いにかけられたようなものだな。逃げられないようにする呪文があるのなら、それを解き放つ呪文も、この世には同じ数だけあると思うんだけどねぇ」




とりあえず趣味なのだと思った。
この先、必要なのは、時間をつぶす何かなのだ。





「妻が台所から包丁を持ってきて、私に渡すんです。自分は後ろを向いて、賭け事をやめられないんだったら、私の首を刺せって言うんですよ。 無茶苦茶でしょ?」






「いや、見えないものは、ないってことでいいんじゃないですか? 死んだってことで、いいと思うな」
「見えないところに捨てても、結局、地球上からなくなるわけじゃないですよね」
「死んでも、やっぱりいるんですよ」
「見えなくても、いるんです」
「では、共にってことで」
「オレたちってさ、生死を共にしてるんだよなぁ」
「同じ星に生まれたオレたちだよ」




気がつくと、どの人も知っている人たちではないような気がした。
みんな、あまり怒らなくなっていたのだ。
表面上は穏やかに、やり過ごすようになっていた。
それは怒ると損だという計算が働くようになったからだろう。
改めて世の中を見回すと、全部がそういう流れになってしまっていた。
誰もが嫌われたくない、と思っているようだった。




自分がこの家を守ってゆくのに、と思った。ここでなら自分は生きてゆけそうな気がする。母親は、嫁ぐと私が長生きできないと言うが、それは損なことなのか? 
見すぼらしい世界に、自分を合わせながら生きてゆく方が、はるかに損な気がしてきた。
今、会社でチビチビと仕事をしている自分こそ、一番見すぼらしいのではないか。




自分と一樹の間に境目がないように、自分たちと庭の風景の間にも境目はなく、全て消え去って、ただそこに在るということだけがある、不思議な心持ちだった。




「動くことは生きること。生きることは動くこと」
と怖い顔で怒った。
「この世に、損も得もありません」
それが母の口癖だった。





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